小さな依頼でも無闇に引き受けないようにしよう
小さな依頼を簡単に引き受けているとどうなる?
※コミットメントとは?
引き受けたことは責任をもって成し遂げようとすることでした
コミットメントに関して、肝に銘じておかなければならないことがあります。
それは、
1度何かを引き受けたら、それが様々な行動を引き起こすことがあるということです。
参考
相手に大きな買い物をさせる為には、まずは小さなものを売るところから始めるのが良いとされています。
最初に買わせるのは、どんな安いものでも構いません。
何故なら、
売る目的というのは、儲けを出すことではなくコミットメントさせることにあるからです。
すると自然と、もっと大きな買い物へと流れさせられる期待ができるのです。
例を見てみましょう。
ある地域にボランティアの人が派遣されました。
その人は住民に、
「○○町を美しく保とう!」という依頼の書面に、署名を頼みました。
「住みやすい町にしましょう!」
「小さいお子様をもつご家庭に配慮し、助け合いましょう!」
といった内容です。
そしてこれに、多くの人が署名をしました。
(※これが小さなコミットメント)
そしてしばらく経ったある日、別のボランティアの人が派遣されました。
その人は、「安全運転をしましょう」と書かれた大きな看板の設置をする為、先日署名してくれた人々に依頼をし、協力を頼みました。
はじめは、安全運転とは無関係の地域の美化の署名だったはず。
にも関わらず、ほとんどの人々がこれに同意をしたのです。
さて、これは一体どういうことでしょうか?
簡単に言えば、
地域の人々は最初の書面をすることによって、自分自身を見る目が変わったことにあります。
参考
看板の設置に同意した人々は、
自らを「公民道徳に則って行動する善良な市民」だと見なすようになり、新たに作られた自己イメージとの一貫性を保ちたいと無意識に思うようになったのです。
その為、看板設置という別の公共奉仕の依頼であっても、簡単に人々は依頼に応じました。
このことから言えるのは、
私達人間は、一旦依頼に応じるとまず感情に変化が起こるということです。
そしてそれにより、考え方も変わっていくのです。
だからこそ私たちは、
どんなにささやかな依頼であっても、それに応じる場合は十分に気をつけなければなりません。
小さな依頼を易々と引き受けていると・・・
最初に応じたささやかな依頼とはほとんど関連の無い・・・
つまり様々な種類の依頼を受けやすくなってしまう!!
コミットメントの隠された恐るべき力
もしかしたらボランティアの本当の狙いは、「安全運転」の看板を設置させることだったのかもしれません。
そう考えられた人が、果たして中に1人でも居たのでしょうか?
看板の設置に協力した人々の中に、
「自分が看板の設置を許可したのは、最初の書面に署名したからだ」
そう考えられた人が、果たして中に1人でも居たのでしょうか?
そして仮にそれに自身が気付いてしまったとき・・・
一体誰に責任を負わせればいい?